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2012.01.28 Saturday

ぶつぶつ独り言

 
外国及び外国人に宗教を問われれば「ブディスト」とでも答えなければ、たとえそれが私にとって葬式仏教であったにしろ、無教養な人間、もしくはアナキストととられかねない。
けれど私の中には、純粋な信仰心など欠片もなく、私を創り支えている核なるものは私自身の傲慢さのみだ。
小さな教会の中には、美しいイコンや長髪長髭のキリスト像があり清らかで幻想的で静謐な空気に包まれている。
「ブディズムは宗教ではなく、ブッダは神ではない。ブディズムは生きるための哲学で、ブッダは人である。ブディストと言っても、それは信仰ではない」
近頃読んだ本に書かれていた一節だ。
太古より人は神を創りだしてきた。それは多種多様多岐に分かれて、仏教も無限に分かれて変容していった。
それは神が人間を望んだのではなく、人間が神を求めたからだ。
生きていくうえで、人は重い荷物を背負う。その重さに押しつぶされそうになるのに耐えるため、人は神をそして仏を必要としているのだろう。

オーちゃん(私の友人)の信仰心は純粋無垢で、オーちゃんは敬虔なクリスチャンだ。
彼女の何気ない日常生活そのものに信仰心が息づいている。友達と笑い、お茶を飲み、音楽を聴き、溜息をつく、そんな日常にしっかりと根付いた信仰心だ。
一方私はといえば、幼い頃をオーちゃんと共に教会に行き礼拝をし、宗教の時間には聖書も読んだが、神への信仰は溶けた氷のように跡形もなくなり、欺瞞と理屈と世俗の垢だけを身にまとっている。
仏教が好きといっても、それは理論的理屈だけのもので、無垢で純粋な思いからではない。
私は、超現実主義なのだ。
実は神も仏も信じてはいない。むろん生まれ変わりや前世なんて論外だし、言葉で説明できない不思議な力はあると思うが、そこに神だの仏だの宇宙だのは結びつけない。
「ブディズムは生きるための哲学」
分厚い本の、そのたった一行が心に落ちた。
何故私がキリストも好きで、仏も好きなのか。なぜ私はどちらかを選べないのか、その一行が教えてくれた。
私はリアリズムの中で生きている。すべての困難もすべての苦しみも、リアリズムの中で解決消化していく。
神に懺悔して祈るとか、供物を差し出し願うとか、そういった作られた神との契約に、何か釈然としないものを感じるのだ。
神が本当にそういう事を望んだのだろうか。旧約聖書には、初子を捧げる事が書かれているが、神はさほどに非情なのか。それとも人間を試すのか。それらは全て過去の人間達が、自分たちの信仰心を見せるために作られたもののように思う。
そしてそこに、それは神からの試練だ、という立派でたいそうな理屈をこじつけて、厳格で豪奢なミサで塗り固めただけのようにすら思える。
私は、ひねくれているのだ。

子供のころ、十字架にかけられた姿のキリストを見た時の不思議な感覚は、今ならそれがエロティシズムだったとわかる。
肌をさらけだし、わずかばかりの腰布を纏い、茨の冠から滴り落ちる血、苦悩の表情、長い手足。
そんなキリスト像は、まさに西洋芸術のにじみ出るエロティシズムそのものだと思う。
そして仏教における仏像も又、日本独特の陰鬱なエロティシズム芸術と私には思える。
オーちゃんが両手を強く合わせ、跪き額ずく横で、私は自分が何を祈ればいいのだろうと途方に暮れる。
根本的な信仰心や、格別敬虔な感情もない、付け焼刃のような祈りなど、神は毛頭相手になどするはずもなく、私はただ久しぶりに対面したエロティックなキリスト像の、その美しさに魅了されていた。

しかし、そんな信仰心の欠片もなく傲慢で欺瞞に満ちたヒネクレ者の私の中に、阿弥陀様が在る。
道端の草や花や、砂粒のひとつにさえ、仏は存在している。
たとえ信仰心はなくとも、私にとってブディズムはよりよく生きるための哲学だ。真の宗教者が聞けば怒りだすか、はたまた馬鹿と蔑むだろうけれど・・・・・・・



なんとなく眩暈の薬のせいで、鬱とまではいかないが、少しばかり内に向かっているカキちゃんの、意味のないぶつぶつ独り言だ。
しかも・・・・・・写真と内容が全くマッチしていないw


2012.01.20 Friday

寅さんに見る人間観

 

寅さんといえば、日本のほとんどの国民が「ふうてんの寅さんね」とタイトルがすっと出てくるぐらい、知っているのではないだろうか。・・・・・とはいえ、子供や若者は除外しての話だけれど。
アットホームというか何というか、国民的娯楽映画の走りとも思う。
私も幼い頃、父に連れられ何度か映画館でも見たし、家のテレビでも見た。
華やかに印象に残る映画でもなければ、カッコよくアクションばりばりの映画でもない。、どちらかといえば、泥臭いというか今風に言えばダサい印象の映画で、何故そんなものを父が喜んで見るのかよく分からなかった。
寅さんなら、大きなスクリーンいっぱいに刀を振り回し暴れまわる時代劇や西部劇なんかの方が、よほどに面白いとその頃は思っていた。
寅さん役の渥美清が亡くなった時も、「ああ、この人、せっかく俳優になったのに、寅さんのイメージがあまりに定着しすぎたもんだから、他の役出来ずに・・・・・・辛い時もあったろうな」・・・ぐらいの感覚で、もう二度と寅さんシリーズは作られないんだ、なんて事は思わなかった。

が、昨年末から今年にかけて、WOWOWで寅さん48作一挙公開がり、年末はこれといってすることも無く暇なもんで、退屈しのぎにどれどれ、と夫と見だすと(夫は寅さんが好きで見たかったらしいが)なにやら面白い^^;
バカバカしいほど面白い。いや、バカバカしいから面白い、と言った方がいいかもしれない。
いつもパターンは同じで、寅さんが旅から帰ってきて、恋に破れて又旅に出る。という、簡単に言えばそういう筋書きで、そこにちょっとしたエピソードや人間観を織り交ぜているのだが、これが又バカバカしいエピソードや人間観なのだが・・・・・・・・・・・・ちゃんと見てるとそうバカにしたものではなかったりする。

寅さんといえば、私の記憶の中の思い込みで、バカで、バカゆえの人情味にあふれ、とことんお人好しで明るい人で、すっごくイイ人というイメージだった。
でも久しぶりに、そして初めて真剣に見た寅さんは、なかなかのモノだった。
なかなかとは、ちょっと自分のマイナス点を言われると、すぐイジケて怒るのだ。それは寅さん、アンタがヒネクレすぎてる!とか、そんな些細なことで怒らなくとも、、、とか画面に向かって言いたくなるほどだ(^▽^)
いい子ぶりっ子と思ってた寅さんは、実は私とそう変わらないイジたヒネクレ者で、しかも短気な怒りん坊だったりする。
そんな寅さんが東奔西走四苦八苦して、的外れなお節介をやき、といっても、大概寅さんは安直に安請け合いして、家族や友人に厄介を押し付けたりるんだけど(笑)
そして恋をしてフラれて、しかも寅さんなりの恋の美学というか男の美学なんかも見せて突っ張って。でもって全然それが、笑えるほどにサマになってないのに泣けたりして。
「ふうてんの寅さん」って、スゴイ映画なんだと、初めて知った。

そして何よりこの映画のスゴイ所は、世代も好みも越えて楽しめるというところだ。
夫の映画の好みは、アクションものとかカーチェイスとかだ。母の好みは、イマイチよく分からないが、韓国ドラマやヒルメロちっくなドラマだ。そして私は、歴史モノ(といってもかなり古い歴史もの)とか、ちょっとマイナーな映画だったりだ。・・・とはいえ、あまり荒唐無稽なモノ以外は何でも見るけれど。
そんな私たち家族は、3人が3人とも一致して、楽しくひとつの映画やドラマを見れるなんて事は、ほぼない。皆無といってもいい。
私が楽しんでれば母と時には夫も口を揃え「そんなんどこが面白い?チャンネルかえよう」と言い出すし、夫が楽しんでいれば、私はつまらなさに耐えるわけだが・・・・・
そこへいくと寅さんは、驚くべき事に、母も笑いながら見ているし、私も思いっきり楽しんでいる。夫に至っては、画面に向かって突っ込みすらいれている^^
派手なアクションもなければ何もないが、寅さんって、本当にスゴイ映画だと思った。
近頃の屈折したようなストーリーやラストの、これが芸術的な映画ですよバリの映画など、寅さんふうに言えば、けっこう毛だらけ猫灰だらけ、ババアのケツは○○だらけ・・・・・になるのだと思う・・・・・・!!(^Q^)/^

そして、寅さんに見る人間学は、ひじょうに面白い。



ちなみにすっごい余談だが、近頃見た映画で「マイネームイズ・ハーン」はなかなか感動的でおススメだ♪

・・・・・・・・・・って、今回のBlogは映画紹介かい!…(*o☆)\バキッ!(笑)



2012.01.13 Friday

なんとなく・・・風習・慣習

お正月が終わって、鏡開きや恵比須さんが終わったものの、まだ松の内も明けきらぬのに、既にスーパーには節分用の豆だのお面だのと、節分のコマーシャル用品で賑わっていた。
きっともう間もなくすれば、バレンタインだお雛さんだと、所狭しと賑わいだすのだろうだろうが、何だか慌ただしいものだと思わせられる。
季節感があるのも風習がいきているのもイイけれど、万国あちこち雑多に取り混ぜた商魂逞しさは、溜息をつきたくなるような馬鹿らしさもある。
それでもやっぱり、節分になれば巻き寿司(関西だけの風習らしいが)を恵方を向いて齧り、バレンタインになれば夫に小さなプレゼントをし、お雛さんにはチラシ寿司を食べる(笑)
子供がなくとも五月になれば柏餅を買い、しょうぶ湯に入り、月見には月見団子で、春と秋の彼岸にはお墓参りだ。
そうしてクリスマスが来て、一年が過ぎていく。・・・年が明けたばかりで、一年が過ぎていくもナイものだが。

でもまあ、とにかくそうやって一年を過ごすわけだが、華美でなくとも慎ましやかでも、そういう慣習や風習を楽しみ寿げる状態に在るという事はとても有難い事だ。
親から子へ、時代と共に変化しつつも、日本古来の風習や慣習がいつまでも廃れる事無く受け継がれていく国であればいいなあ。なんて近頃しみじみ思う。
私も子供がいたなら、いろんな事を、ちゃんとその意味をもって教えて伝えてあげたかった。残念ながら、私には子供が出来なかったし、ついでに言えば子供はキライだけど(キライなんか!笑)


ま、とりあえずそんなこんなで、今回いつもにも増して、まったく意味の独り言Blogだけど、鏡開き猫の写真で締めくくっておこう^^;
我が家の最後に残った一匹、世界一愛想の悪い猫のミルミル君(19歳・オス)
我が家の鏡餅は、もう何年も前からパックのぶんだ。カビはこないが風情は無いwこれも時代の移り変わりだ。


2012.01.06 Friday

2012 The first blog

 < 2011,1,2 須磨寺 熊谷直実の像の前にて >

謹賀新年

今年の初詣は須磨寺に行って来た。
一昨年は商売上手な勝尾寺、去年はすぐ近所のちょっと寂しい多聞寺。そう思い返してみると、須磨寺は丁度良い感じのお寺のように思う。
初詣の人出でごった返しているわけでもなく、閑散としているわけでもなく、ほどほどに賑わいをみせた参道や境内を夫と母と三人で歩き、本堂にお参りし、お大師様にご挨拶をした後、私の父と夫の父の供養をしてもらった。
供養の終わった経木を置くところには足元に満々と湧き出す水を湛えた阿弥陀様がいらっしゃった。今年最初の阿弥陀様との対面だ。
その嬉しさしに、思わず「新年初ですね!今年もヨロシクお願い致します!!」なんて声に出して挨拶してしまう私の横には、「お水いっぱいかけたらイイのよ!」と水をザブザブとかける母。・・・・・・・そうは言っても限度があるだろうw
「もう行くで!そないに水かけてどうないすんねん!オマエもいつまでもブツブツ石の阿弥陀さんとしゃべるな!」
変な親子にたまりかねた夫に即され、阿弥陀様ぁ〜、と後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、出た所にもうけられた喫煙スペースでベンチに座ってタバコを吸う。
母は、最初「お寺なんかに初詣ぇ〜」と言っていたのだが、ふとお大師さんの日を思い出し「じゃあお店がいっぱい出てる!?」と、本来の趣旨からはズレてはいるものの一緒にやって来たワケだが・・・・・・・・
来てみれば露店など出てなかったにもかかわらず、「来年も須磨寺がイイわ」と、何だか気に入ったようだ^^
「そうよ。やっぱり年の初めは、ちゃあんとお父さんの供養から始めなきゃね♪ ヨシミさん、きっと今年はイイ事あるわよ」と、とりあえずご利益の好きな母にはそう言っておく。
ご利益はお供えをしたからとか寄付をしたからとかお参りしたからとか、そんな所にあるわけではなく、実は自分の内に存在していくものなのだと、そういうお供えをしようとか、お参りをしようとかいう心の在り方に展開していく幸せがあるのだと、何度言っても分らない母ではるが・・・・・・・・・・・・私も「この七福神を回しながら願うと願いがかないます」とある石を見つけると、ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるる・・・・・・いつまで回しとんねん!!と夫に言われるほど回してたりもする^^;

ま、とりあえず、そんなこんなで、そのあと大好きな熊谷直実蓮生房の・・・・・・まだ法然上人に弟子入りする前の、武者だった頃の、源平合戦で平敦盛を馬に乗って追っている姿の熊谷直実像と写真を撮る。その前には参道をはさみ、立派な蓮生院がある。
私は法然上人のお弟子さんの中では熊谷直実蓮生房が大好きだ。
実は私は、孔子の弟子の中でも子路がスキで、多分私はそういう、ちょっとオッチョコチョイで直情型で純粋で、決して優等生ではなく欠点も多いが、すごく人間臭い感じの人が好きなのだろうと思う。

と、話しは初詣からズレにズレていったが、帰り道参道から駅へと繋がる智慧の小路の小さな和菓子屋さんで、薄紅色の小さなお餅のお団子を見つけたので、父へのお土産に買って帰る事にした。
が・・・・密かにひとつ摘み食いしたのは、お大師様にも阿弥陀様にも内緒だ…!!(^Q^)/^ 




   ーーーーー番外編ーーーーー 閑人だけの読み物@初詣の日のカキちゃんの夢

大師様が私の前に現れて
「オマエはよほどに阿弥陀様が好きなようだな」と言われたので、私はコクリと頷いた。
するとお大師様は
「しかし阿弥陀如来も大日如来ぞ」とおっしゃられたので
「大日如来様は眩しすぎて目が眩むのです。同じ金色の光でも、阿弥陀様になられた途端、それはそれは柔らかで温かな光に変られます」
そう答えると、お大師様は又もや
「オマエはよほどに法然が好きなのだな」とおっしゃられたので、私はコクリと頷いた。
「もちろんお大師様も好きです。が」
「が? 言うてみい」
「バチ、あてないですかぁ〜?」(って、この言い方が既にバチアタリな私だw)
「あてん」
「絶対?」
「ううむ。しつこい!」
「じゃあ・・・・・・・だってお大師様はスーパーマンだから」
「スーパーマン?」
「はい。何でも出来て、スゴすぎます。それに私には修行とか自分を厳しく律するとか出来ないし。山だって、ほら。上りやす〜い道と上りにく〜い道があるじゃないですか。私はこんなだから、上りやす〜い道がイイのです。法然上人はね、こんな私でも大丈夫と静かに微笑みながら頷いてくださるし、とても優しくて大きな方です」
するとなぜか夫が横で「会った事もないくせに」と言う。
「とりあえず〜、ほら、お大師様って、すぐバチあてるじゃないですか。私なんてこんな性格だから、ついいらない事とか言ったりしたりしてバチあてられそうだし、、、緊張します」
「おい、オマエお大師様になんて事言うんや!」夫
「だってお大師様が言っていいって言ったもん」私
すると咳払いをしながらお大師様が、「私はそんな簡単にバチをあてているわけではない。その人間に分らせねばという思いじゃ」とか何とか、ちょっと居心地悪そうに言う。
「お大師様!」
「な、なんじゃ?」
「お父さん、よろしくお願いします!」
「お、おお」
なぜかそれこそ罰当たりにも、お大師様の手をシッカと握り言う私。
「ところでカキ子よ」
「はいはい」
「死んだ後はオマエは父のところか、それとも法然のところか」
「出来れば父もいて法然上人もいて、でもって一遍さんや良寛さんなんかもいてくれたら嬉しいかと。あ!一休禅師もいてほしいかなぁ」
などと言って呆れられいるところで覚醒した。。。。。。。

いったいホントに何て失礼な夢を見るんだかw お大師様に陳謝wwwww



2011.12.31 Saturday

2011 Last Blog

 2011,12,31     PM:2:00     self portrait

2011年も今日で終りだ。
今年一年、何という事も無く、日々平々凡々と恙無く過ごす事が出来た。
子供の頃や若い頃は、クリスマスやお正月や、日常と違う日常にワクワクしたり嬉しかったりしたものだけれど、この歳にになると時の流れの感慨を深く感じるようになる。

年が明ければ、私もすぐ五十・・・・・・・

五十という年齢が、まだ若いと言えるのか、もう五十と言うのか分らないが、少なくとも昔の人達よりは外見は若く見えるようになった。
その分私に関しては、頭の中身も相当若い(成長していないという意味)ようだが。
それでも若い頃とは違い、日々に刺激を求めなくはなった。
淡々と生きていく平凡な日々が、いかに幸せな事かわかったからだ。
来たる新しい年も、どうか平々凡々な1年でありますように・・・・・・
私事だけでなく、そう望み願う全ての人達が、ささやかなる幸せを日々味わい積み重ねていけますように。
そんな思いを込めて、今年一年の感謝の心を全ての神仏に捧げます。そして夫に、母に、亡き父に、友人に捧げます。名も知らぬ草花に、水に風に空気に大地に、この世に存在する全てのモノ、観念的存在の全てに、私は深く感謝します。

来る2012年も、ステキな年でありますように。南無阿弥陀仏(合掌)





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